2014年3月10日に思うこと

良い機会なので書いておきますね。


2011年3月11日の晩、珍しい友人から電話がありました。
内容は「(共通の友人)Dちゃんが大変な事になっているので助けて欲しい」というものでした。
話を聞くとDちゃんは只今仕事の関係で茨城県神栖市に単身赴任中、
地震の影響で少々厄介な事になっているとか。


広島と茨城、距離が離れている私に何が出来るの?と聞くと
「色々情報を集めて何とか力になって欲しい」との事。
確かにテレビやラジオ、ネットを見ても流れるニュースは宮城、福島・・・


ああ、あの時と同じですね。阪神淡路大震災の時、
自分の住んでいる隣町の事が知りたくてもテレビやラジオで流れるニュースは長田や西宮北口の事ばかり。
いや、勿論報道されている場所が大変なのは重々承知です。
でも、私はその前に知りたい事があるのですよ!それって悪い事なのですか?


話を2011年3月11の晩に戻しまして・・・
現状で判る範囲で茨城県神栖市に関する事を調べ、駄目もとでDちゃんに電話したら繋がりました。
そちらの具合はどう?と心配していると


「いや、別段怪我したとかそんな事はないけど、マンションが停電で真っ暗な上、
今いるロフトベッドの下まで海水が入ってきて身動きとれんのよ」


まるで電車の到着が遅れる程度の口調ですが、その状況、かなり大変だと思う。


ここで書くのは控えますが、流石に一般の人生で中々出会う機会のないような
レアな経験を多々重ねているだけあって肝座ってます。Dちゃん。


「周りの事が何もわからんのでとにかく情報が欲しい」そう言うDちゃんに
今現在調べた範囲(かなり限られています)だけ伝え、何かあれば連絡すると電話を切りました。


翌日以降テレビラジオは諦めて、twitterやmixi中心に情報を集め、
また、Dちゃん側も情報を集め、それらをSNSで見ず知らずの神栖市の皆様と共有したりしていました。
(その名残で神栖市の災害情報メールは今でも私のところに届きます。)


結局、震災時に私が目にした神栖市のニュースといえば、第一回目の計画停電で真っ暗になった夜景でした。
確かに規模は違いますが、ここも震災地のはずなのに。


宮城、福島の皆様が大変な目に合っている事はよく判ります。
でも、多くの人が見守っていてくれるので、そちらはそういう方にお任せして
私はたまたまその時友人がいた、自分自身は一度も足を踏み入れた事のない場所。
茨城県神栖市を応援する気持ちになっても良いですよね。
困っている友達、ほっておく訳にはいかないですよね?


震災後、Dちゃんの職場が神栖より撤退となり、この話は終わる訳ですが
私、約束してるんですよ。私自身は何もできませんが遠くから応援し続けると。
メディアで殆ど報道されなかった場所に住む人の苦労や悔しさは忘れないと。
SNSの掲示板にそう書き込んだのですよ。


その気持ち、これからも忘れたくないんですよ。


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この記事へのコメント

  • miura

    阪神淡路大震災。。。
    その節はありがとうございました。

    東日本大震災、ヒドイ所、めちゃくちゃヒドイ所には
    知り合いがいなかったのですが…。

    高速道路の規制・渋滞情報が何も表示されなかったので
    被害が甚大なのは察しがつきました。

    島根の友人からは「関西で節電でしてあちらに電気を回そう」的なメールが来て
    (義務教育で習ってるハズ)発電方式が違うのでそれはウソやし
    ネット環境の必要な方々がちゃんと使えるように不要なネット・メールは
    控えて!とたしなめました。

    (カーナビで現地に入ってる報道が)対岸の火災映像を写しながら
    現在地がわからん発言してみたり。

    受け入れ態勢も整ってないはずなのに
    ロンドンブーツとかなんとかいうお笑いが早々に支援物資を送る偽善企画が
    あったり。

    映像的に衝撃が大きい場所ばかりの報道で、関東の地震被害の様子は皆無だったり。

    阪神淡路大震災の教訓はないのかと思いました。

    自分自身何も出来てないけど、見た目の復興、心の復興を願ってます。




    PS:
    ゲームカレンシーは擬人カレシか何かのネタを引っ張ってきたんでしょうかね?
    2014年03月11日 11:23
  • たけうち@箱庭楽団

    > miuraさん

    なんかね、みんな感覚が麻痺して、大きなニュースはテレビ(のスタッフが)現地に飛んでヘルメット被って被害状況説明するのが当たり前だと思う事から出発して、テレビに映らない所は被災地じゃない。みたいな感覚に陥り、
    やがて「所詮はテレビの向こう側。自分たちとは別世界」みたいな感覚になってしまっているような気がします。震災もオリンピックも大リーグもAKBもすべて同じ距離にある、自分たちとは別の場所。

    勿論みんなが皆そうじゃないとは思いますが、そうとしか思えない事が多々あるものですから。

    だからと言って自分がどうする術もないので、とにかく今まで通りミネラルウオーターの買い置きは欠かさない、お風呂の残り湯は極力おいておく。家の中ではスリッパ着用、寝るときには必ず足もとに。という阪神淡路大震災時の教訓を続けるだけです。
    2014年03月11日 19:00

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